エムスリーは、医療業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)という注目テーマど真ん中の銘柄です。
2020年は新型コロナ関連銘柄として勢いに乗り、株価は一時10,000円を突破。
急成長のメガベンチャーとしてもてはやされました。
しかし、感染者数の減少とともに株価は失速し、2022年は下値を模索する動きが続いています。
そして、2023年8月には3,000円を割り込み、高値から7割を超える下落率となってしまいました。
急成長を遂げているエムスリーがなぜここまで売り込まれてしまったのでしょうか?
また、今後の株価はどうなるのでしょうか?
本記事では、エムスリーが急落した2つの理由と、急成長が実現すると見られる2025年以降の予想株価について解説していきます。
エムスリーの概要
医療向けITプラットフォームで国内首位
エムスリーは医療向けITサービスを展開するメガベンチャー企業です。
主力サービスとして、医療従事者専門サイト「m3.com」を展開しています。
m3.comでは医師30万人以上が登録し、70社以上の製薬企業と連携しており、国内最大の医療系プラットフォームとしての地位を築いています。
以下がm3.comの主要機能です。
- 医師への医療情報提供(薬剤に関する情報など)
- 薬剤のマーケティング(製薬企業から医師へのPR)
- 治験支援サービス
- 医療従事者の転職支援サービス

ちなみに、エムスリーはもともとソニーが母体です。
そのため、現在もソニーが34%を握る筆頭株主となっています。
事業内容と主要サービス
エムスリーの事業セグメントは以下6つに分類されます。
- メディカルプラットフォーム:製薬企業向けのマーケティング支援
- エビデンスソリューション:製薬企業向けの治験支援サービス
- キャリアソリューション:医師・薬剤師向け求人求職支援サービス
- サイトソリューション:医療機関向け運営サポートサービス
- 海外:米国・欧州・アジアにて事業を展開
- その他エマージング事業群:新規事業の創出と統括
これらの各セグメントから23種類のサービスが提供されており、その中でも重要な6つの主要サービスを次の表にまとめました。
サービス名 | サービス内容 |
---|---|
m3.com | 日本最大級の医療従事者専用サイト。医療に関するニュース・論文・暮らし・キャリアなど多岐に渡る情報を提供。 |
MR君 | 製薬企業向け薬剤プロモーション・マーケティングの支援サービス 。 |
QOL君 | 「MR君」の拡充版として法律、転職・開業支援、経営、金融情報など医療以外の情報を提供。 |
治験君 | 治験に参加する施設・対象患者を発見する治験支援サービス。 |
メディカルマーケター | 製薬・医療機器メーカー向け営業マーケティング支援サービス。 |
AskDoctors | 一般の方々からの質問に「m3.com」登録医師が回答する国内最大級の医師Q&Aサイト。 |
業績・株価は右肩上がり
エムスリーの事業セグメントはほぼ全て増収増益を達成し続けています。
売上・営業利益については2020年までで20期連続の上昇を記録しました。
これほどの急成長を維持する企業は稀です。
そのため、エムスリーの株式は高い評価を受けており、業績に対して割高でも許容されています。
特に、新型コロナ以降は「医療DX」関連として一躍脚光を浴びました。
その結果、一時は株価10,000円を突破するほどにまで急騰しました。

現在は株価が調整されて4,000円台となっています。
しかし、それでも時価総額は約2兆円と、時価総額では国内の上位100社に入ります。
医療機関のDXが進展していくのは間違いないため、エムスリーの成長路線は継続するでしょう。
エムスリーが急落した2つの理由

一時は株価10,000円を超えたものの、それ以降は株価急落が続きました。急落に至った2つの理由を解説していきます。
理由① ”コロナ勝ち組”として急騰も、超割高に

エムスリーの株価が急落した主因は、行きすぎた急騰により株価指標が”超割高”になったことです。
新型コロナの感染が続いている間は「新型コロナ関連銘柄」として注目を集めました。
それにより、買うから上がる、上がるから買うという好循環が割高な株価を支えたのです。
しかし、業績に対してあまりに割高となり、最高値でのPERは200倍近く、PBRは36倍を超えていました。
※2021年3月期の実績から算出
この割高感が意識されるきっかけとなったのが、新型コロナの新規感染者数の減少です。
次の画像がエムスリーと感染者数の推移を重ねたグラフです。
感染者数減少に伴って株価も下落に転じており、見事に連動していることが分かります。

感染が落ち着きつつあることで改めて割高感が意識され、利益確定に押される形となったというのが現在の状況でしょう。
理由② 決算が市場期待に届かず急落
実質伸び率が33%に減速
利益確定に押されても7,000円台はキープしていましたが、底抜けのきっかけとなったのが2022年10月27日に発表された中間決算です。
中間決算の業績は、売上高が前年度比+30%、営業利益+159%、純利益+158%という、一見すると好決算の内容でした。
しかし、この業績には株式評価損益が含まれており、本業における営業利益は+33%に止まります。
以下の図は2021年3月期 第2四半期までの営業利益増減分析です。「中国IPO関連」として株式評価益が309億円計上され、営業利益を押し上げていることが分かります。

エムスリーは国際会計基準(IFRS)を採用していることから、株式評価損益は営業利益段階で計上されます。
株式市場の期待はもっと上で、その期待を前提に株価が保たれていたことから、投資家からの失望を誘いました。
次のチャートは決算発表付近の値動きを表していますが、10月27日の発表翌日は窓を空けて急落し、それまでサポートラインだった7,000円を一気に割り込んでしまっています。

伸びが鈍化した原因
業績が思うように伸びなかった背景には2つの原因があると言われています。
- 前年に製薬企業のデジタル化需要が高まった反動
- 人員不足による顧客拡大の遅れ
2020年はMR(医療情報担当者)が病院へ訪問できなくなり、多くの医療機関でエムスリーのシステム導入が相次いだことで、業績の急拡大につながりました。
その拡大の勢いが続くことが期待されていたものの、実際には前年ほどの伸びとはならず、失望を誘いました。
また、顧客の拡大に対して人員確保が間に合っておらず、人員不足に陥っています。
エムスリーは売上高2,000億円超ありながら、従業員数は600人程度の少数精鋭集団です。
その反面、従業員には高いスキルが求められ、人員確保が難しいという一面があります。
そのため、急激な需要拡大に対して人員不足となり、事業拡大のボトルネックとなってしまっているのです。
今後しばらくは外部コンサルタントを活用して事業拡大を続け、数年後を目標に自社人員を確保する計画を立てています。

自社人員が充実するまでは高い外注費を払う必要があるため利益が圧迫されるでしょう。
利益が大きく伸びるのは自社人員が充実する数年後になりそうです。
今後の株価材料
材料① 医療業界のデジタル化で「10倍以上」の成長余地
医薬品のマーケティング市場は、国内だけで2兆円に上ります。
それに対し、エムスリーのメディカルプラットフォーム事業の売上高はおよそ770億円に止まっています。
エムスリーはまだ成長途上のため、これからさらにシェアを拡大していくでしょう。
医薬品マーケティング市場の半分にあたる1兆円がデジタル化に移行すると想定すれば、エムスリーの成長余地は10倍以上ありそうです。
仮に、メディカルプラットフォーム事業の売上高が10倍の7,700億円になったとしましょう。
その場合、セグメント利益は3,800億円程度、1株利益は500円を超えることが予想されます。
一方、現時点のエムスリーの1株利益は約96円程度です。
1セグメントだけで1株利益500円までの成長余地があるとすれば、今の株価が多少割高でも、将来的には割安になっていると考えるのが自然です。
材料② 他社と連携した新サービス創出
エムスリーは医師会員30万人(国内医師の約9割)を抱え、製薬会社との提携は70社にも上ります。
同業他社と比較しても規模は圧倒的です。
これまで、そのポジションを活かしてさまざまな業界の企業と提携を進め、新たなサービスを生み出してきました。
次の表は、これまでに提携した企業と提携内容について抜粋したものです。
提携企業 | 提携内容 |
---|---|
ソニー | VR・ARを活用したコロナ対策などの医療支援 |
LINE | オンライン診療サービス(LINEヘルスケア) |
アリババ | 画像診断支援AIの共同開発 |
ドコモ | 従業員とその家族を対象とした法人向け医療サポート(M3 PatientSupportProgram)立上げ |
クオールHD | 両社が持つ医療データ資源の相互利用とDX推進 |
ビジョナリーHD | アイケアサービスとエムスリー各種サービスとの連携 |
ベーリンガーインゲルハイム | AIを活用した胸部X線画像診断支援サービス |
Monsterlab | 医院や薬局向け専用BGMサービス |
ユニバーサルビュー | 度数を持たないコンタクトレンズ「ピンホールコンタクトレンズ」の研究・販売強化 |
医師や製薬企業にアプローチしたい企業は多く、今後もエムスリーを通じて新サービスを出したい企業が出てくるでしょう。
製薬会社はもちろん、不動産、教育、小売りなどさまざまな産業との提携の可能性があります。
医師・製薬企業と様々な産業をつなぐハブに育てば、企業価値はこれからさらに向上していくことが期待できそうです。
材料③ オンライン診療の浸透
これまで認められてこなかった初診からのオンライン診療が解禁され、医療関連のIT企業にとってチャンスが巡ってきました。
エムスリーは2020年11月からオンライン診療サービスを開始しています。
国内に8,000万人以上のユーザーを抱えるLINEと組み、医療機関の検索・予約・診察・決済までワンストップで完結する「LINEドクター」をリリースしました。

診療件数は新型コロナの広がりを背景に急増し、2021年6月〜8月の2ヶ月間で2.5倍に急増。
今後もさらに伸びることが予想されています。

オンライン診療の推進は厚生労働省を中心に国が推し進めており、国策とも言えるテーマです。
参加する医療機関が増加することでエムスリーの収益機会も広がることが期待されます。
エムスリーの懸念材料
アマゾンやグーグルとの競合
米国の大手テック企業であるアマゾンやグーグルが医療分野の情報提供サービスを開始したことで、エムスリーと一部競合する形となっています。
日本国内ではエムスリーが圧倒的であるものの、これから海外進出する上で障害になる可能性があります。
ただし、現時点での海外売上比率は25%程度と高くありません。さらに、情報提供サービスとなればその内のごく一部ですので、すぐに懸念材料として見られることは無いでしょう。
治験支援サービスの苦戦
全体の業績は好調であるものの、治験支援サービス(エビデンスソリューション)は伸び悩んでいます。
売上高、営業利益ともに過去2年間で減少し、苦戦を強いられていることが伺えます。
以下が治験支援サービスの過去5年間の業績推移です。
決算期 | 売上高 | 営業利益 |
---|---|---|
2017年3月期 | 223億円 | 53億円 |
2018年3月期 | 221億円 | 55億円 |
2019年3月期 | 226億円 | 60億円 |
2020年3月期 | 214億円 | 47億円 |
2021年3月期 | 195億円 | 36億円 |
この苦戦は新型コロナに起因しています。
新型コロナへの対応が優先されたことで他の新薬の治験がストップすることがあり、それによって本来獲得できた案件が先送りにされているのです。
新型コロナの影響も数年続く可能性があることから、今後も業績下押しの悪材料として意識されるかもしれません。
のれん増加による減損懸念
エムスリーはほぼ毎年のように買収を行ってきたことから、バランスシート上にのれんが増加し、将来的に損失となる懸念があります。
のれんとは?
買収価格と、買収先企業の純資産との差額。買収先企業のブランド価値を表すものとされるが、ブランド価値が損なわれた(主に業績悪化)と判断された場合は減損処理を行う必要がある。
2021年9月末時点ののれんは539億円。およそ1年間の純利益に相当する額ですので、のれんを消却することになれば、その分だけその年の純利益が失われることになります。
それによって経営が危ぶまれるという事態にはなりませんが、株の売り材料になってしまうことは確かでしょう。
エムスリーの業績予想
2024年までの業績予想
エムスリーの業績予想は2024年3月期まで公開されています。
複数のアナリストが予想した平均ですので、それなりの確度がある業績予想だと言えるでしょう。
次の表が2024年3月期までの業績予想です(2022年3月期までは実績)。
決算期 | 売上 | 営業利益 | 純利益 | 1株利益 |
---|---|---|---|---|
2021年3月期 | 1692億円 | 580億円 | 378億円 | 55.7円 |
2022年3月期 | 2082億円 | 951億円 | 638億円 | 94.1円 |
2023年3月期 | 2409億円 | 930億円 | 622億円 | 91.7円 |
2024年3月期 | 2782億円 | 1102億円 | 742億円 | 109.4円 |
今後3年間は純利益横ばい
意外なことに、2024年3月期までは純利益はそれほど伸びないと予想されています。
売上は毎年15%ほど伸びる予想なのに、なぜでしょうか。
その理由は、エムスリーの人員不足にあると言われています。
医療業界のDX需要に対して人員増加が間に合っておらず、不足分は外部コンサルタントへの業務委託で賄うことから、外注費が嵩んで利益が伸びないと予想されているのです。
エムスリーは少数精鋭集団であるが故に、人員増加が容易ではないというのがその背景です。
2025年以降に「売上5.2倍」
エムスリーの資料によると、今後数年間で人員を3.75〜5倍(2019年度比)へ増強し、さらに1人当たりの売上を1.3倍以上(2019年度比)にするという目標が掲げられています。
仮に、人員が4倍で、1人あたり売上が1.3倍になるとすれば、単純計算で売上高が5.2倍に拡大するということになります。
そうなれば、売上はおよそ7,000億円に達し、純利益は1,500億円を優に超えることでしょう。

今後の予想株価
各証券会社の目標株価
まずは各証券会社が公開している直近の目標株価を確認してみましょう。
2023年以降で目標株価を発表しているのは下記8社です。
証券会社 | レーティング | 目標株価 |
---|---|---|
シティG | 中立 | 4600円 → 3800円 |
岩井コスモ | 強気 | 6300円 → 4500円 |
BofA | 中立 | 3700円 → 3600円 |
野村 | 強気 | 7200円 → 7300円 |
モルガンS | 弱気 | 3700円 → 3600円 |
ジェフリーズ | 中立 | 4650円 → 4100円 |
GS | 強気 | 5450円 → 5100円 |
メリル | 中立 | 4200円 → 3700円 |
強気は8社中3社、中立は4社、弱気は1社です。
最も強気なのは野村證券の7,300円、最も弱気なのはモルガンスタンレーの3,600円となっています。
各証券会社の目標株価の平均である目標株価コンセンサスは、2023年2月時点で4,982円です。
ただし、この目標株価コンセンサスには上記以外の証券会社も含まれます。
目標株価コンセンサスに対し、2021年12月3日時点の株価は3,348円と、およそ50%ディスカウントされているというのが現状です。
過去の株価推移から「5,000〜7,500円」が妥当
エムスリーの株価は変動幅が大きく、予想するのが難しい銘柄ではありますが、過去の株価からおおよその目安は立てることができます。
2019年当時は株価2,000〜3,000円で推移していたのに対し、1株利益(EPS)は32円でした。
一方、2022年度の1株利益予想はおよそ80円です。
2019年に対して2.5倍であることから、株価も2.5倍以上になることが妥当であり、株価5,000〜7,500円が妥当レンジであると考えることができます。
3,000円までの下落はあり得る
エムスリーの予想PERは2023年2月時点でおよそ40倍と、決して割安とは言えない水準です。
そのため、需給によっては株価3,000円を下回ることも想定するべきでしょう。
3,000円まで下がれば、2020年の急騰前の水準に戻ります。
そのため、割安感から買いが増えると予想できます。

10,000円突破は2024年以降か
エムスリーの上場来高値は2021年1月につけた10,675円ですが、これを突破するのはいつ頃になるでしょうか。
残念ながら、現時点での業績予想からは10,000円を突破するとは考えにくく、今後1〜2年間は上場来高値の更新は難しいでしょう。
というのも、2024年3月期までの純利益予想は1株利益(EPS)100円前後であり、株価10,000円を超えるにはPER100倍以上が許容される必要があります。
しかし、それほどの株価材料は現時点では見当たりません。
2025年以降の業績予想が見えてくる2024年頃までは株価10,000円突破は難しいでしょう。
まとめ
医療系IT企業として注目のエムスリーですが、直近では新型コロナ関連銘柄として注目を集めすぎただけに、しばらくは弱い値動きが続きそうな雰囲気です。
ただ、長期的な成長路線は変わらないとの見方が大多数です。株価の下値が固まり、人材不足の解決にも目途が付けば、株価の再上昇が期待できると予想されています。
今後訪れる株価反転のチャンスを積極的に狙っていきたいですね。
参考になりました。
有り難うございました。