世界に誇る小売り企業、セブン&アイHDに対する買収提案が発表された。
名乗り出たのはカナダの小売り大手アリマンタシォン・クシュタールだ。
買収が行われる場合、直近株価にプレミアムが乗るため、株主にとって魅力的な提案であることは間違いない。
詳細は後述するが、買収株価は2,300円になると予想している。
買収が行われなくても、セブン&アイHD経営陣は株価対策をする必要が生じ、株主還元等が行われる期待は高い。
したがって、今回の買収提案を受けたセブン&アイHDは買いであると考えている。
本記事では、セブン&アイHDが買いだと考える3つの理由について解説していく。
理由① 買収成立なら株価上昇
最低でも株価2,300円
企業を買収する場合、買収直前の株価に”プレミアム”を付けた価格を提示するのが常識だ。
プレミアムは最低でも10%、高い場合だと30%以上もあり得る。
セブン&アイHDの場合、プレミアムを考慮した買収価格は2,300円は下らないだろう。
この株価は、発表から3営業日経った株価(2,044円、2024年8月21日終値)に対して+12%であり、かつ上場来高値の水準だ。
少なくとも、2024年の高値である2,200円より高い株価を買収価格として提示しなければ、投資家は納得しない。
つまり、2,300円以上の買収価格になる可能性が高いというわけだ。
買収確定後は株価が買収価格にサヤ寄せするため、面倒な手続きなしに買収価格付近で売却できます。
過去の買収でのプレミアムは?
過去のコンビニ買収でどの程度プレミアムが乗せされたのかを見てみよう。
これまで、ローソンとファミリーマートがTOB(株式公開買付け)によって買収された。
その時のプレミアムは、ローソンが16%、ファミリーマートが31%だった。
買収先 | プレミアム |
---|---|
ローソン(KDDIが買収) | 16% (発表前日8,721円、買収価格1万360円) |
ファミリーマート(伊藤忠商事が買収) | 31% (発表前日1,754円、買収価格2,300円) |
セブン&アイHDが買収される際も、同程度かこれ以上のプレミアムが乗せされると考えるのが自然だ。
1株2,300円での買収とすると、プレミアムは+15%にとどまる。
そのため、これ以上の買収価格となっても不思議ではない。
実際いくらになるかは買収側のお財布事情にも左右されるだろう。
アリマンタシォンの買収余力は?
では、買収側であるアリマンタシォンのお財布事情を見てみよう。
以下が2024年4月末時点の財務状況だ。
- 総資産 :約5兆5,413億円(うち現金及び現金同等物は1,963億5,000万円)
- 有利子負債:約2兆1,708億円
- 株主資本 :約1兆9,784億円
現金残高は2,000億円弱であり、買収資金としては完全に不足している。
そのため、新たな資金調達が必要になることは間違いないだろう。
買収余力は最大6兆円
資金調達方法として具体的に挙げられているのは、アリマンタシォンの新株発行(増資)や、有利子負債としての借入だ。
実際にはこれらを組み合わせ、増資によって約2兆円、残りを有利子負債で賄う方法が現実的だろう。
ただし、有利子負債はすでに2兆円以上あるため、追加の借入れはリスキーである。
一般的に、有利子負債は株主資本の金額以下が健全であるとされる。
アリマンタシォンの有利子負債はすでに株主資本を超えていることから、買収のために有利子負債を増やせば増やすほど、財務リスクは高まる。
【有利子負債÷株主資本×100%】はDEレシオと呼ばれ、財務健全性の指標となっています。100%以下が健全性の目安です。
借入金額として3兆円は可能だろうが、頑張っても4兆円が限度だろう。
したがって、アリマンタシォン・クシュタールの買収余力は最大6兆円(増資2兆円+有利子負債4兆円)ほどだと見積もることができる。
6兆円で買収なら1株2,300円
セブン&アイHDを6兆円で買収しようとすると、1株あたり2,304円になる。
つまり、買収余力の観点からも、これまでの株価水準の観点からも、1株2,300円となる可能性が高い。
2,500円も不可能ではないと思うが、増資を積み増してDEレシオを下げる必要があり、アリマンタシォン・クシュタール側の既存株主が納得しない恐れが出てくる。
M&Aでよく使われる株式交換という手もあるが、日本で上場していないアリマンタシォン・クシュタール株の魅力は低く、難しいだろう。
総じて、1株2,300円での買収となる可能性が高いと考えている。
理由② 経営陣に株価対策圧力
買収提案以上の株価対策が求められる
セブン&アイHDの経営陣としては、外資の傘下に入るなどまっぴら御免だろう。
従来であればそれらしい理由をつけて早々に断っている事案だ。
しかし、経済産業省が発表した「企業買収における行動指針」によって、”真摯な買収提案には真摯に応じなければならない”環境となってしまった。
買収を拒否するのであれば、買収提案を超える対案を出す必要がある。
つまり、買収株価を超えるような株価対策が求められるのだ。
従来は増資による希薄化で買収を予防することができましたが、株主利益を損なうため、経済産業省の方針に反します。
株価対策の具体策
では、経営陣が買収を拒否する前提で、どのような株価対策が実施されるか考えてみよう。
一般的に考えられる方法は次の3つだ。
敵対的買収を予防する意味でも、株主を納得させる意味でも、即効性のある株価対策が必要となる。
そのため、最有力なのは自社株買いだろう。
2025年までに総額2,000億円の自社株買いを行うとしているのを、例えば4,000億円に積み増して1,000億円分を即実行すれば、株価へのインパクトは大きい。
現金残高は1兆3,700億円(2024年5月末時点)あるため十分実行可能だ。
併せて、成長投資にも振り分けて成長期待を高めることも必要となる。
どう転んでも株主利益に通じる
買収成立ならプレミアムが乗るし、買収拒否でも株価対策が行われると考えれば、どう転んでもセブン&アイHDの株主にとって得だ。
最悪なのは、買収も拒否した上で株価対策にも失敗した場合であるが、経営陣の立場が危うくなるだろう。
経営陣としては、買収を拒否するなら株価対策を全力でやってくると予想している。
理由③ 敵対的買収に発展する可能性
敵対的買収なら株価2,300円が目安
経営陣が買収を拒否した場合でも買収を強行してくる可能性がある。
いわゆる敵対的買収だ。
敵対的買収では、直近株価にプレミアムを乗せた株価で公開買付けを行い、セブン&アイHDの株を買い集めることになる。
具体的には、やはり2,300円くらいが買収株価の目安になるだろう。
防衛策は限られる
日本企業を対象とした敵対的買収は実例が少ないが、経済産業省の方針転換後の今なら実現する可能性がある。
というのも、下手な対抗策を打てば、株を高値で売却する機会を損ねることとなり、経済産業省の方針に反するためだ。
理想は、アリマンタシォンよりも高値で株を買い取ってくれるホワイトナイトが現れることだ。
ホワイトナイトとしては三井物産が有力候補だろう。
三井物産はすでに2%弱の株を保有している事や、業務上の提携関係があることから、国内大手企業の中で最も買うメリットが大きいと考えています。
敵対的買収に打って出られた場合、成立するにしても防衛するにしても、セブン&アイHDの株主にとってメリットとなる可能性が高い。
規制当局による買収中止もあり得る
日本の外為法の審査対象
大規模な買収なだけに、各国の規制当局から待ったがかかる可能性がある。
大きなハードルは2つあり、1つは日本の外為法だ。
外為法とは?
外資が指定業種の日本企業へ出資する場合、国に事前に届け出て審査を受けなければならない法律。指定業種は武器、航空機、宇宙、原子力、電力・ガス・石油、医薬品製造、サイバーセキュリティーなど。
セブン&アイHDは金融関連・石油販売・貨物運送業・警備・農産物を手掛けており、外為法の対象となった。
経済安保を揺るがすと判断されれば、規制当局から買収中止を求められる可能性がある。
また、国民からの反発も予想され、政治サイドから横やりが入るかもしれない。
日本経済新聞「セブン&アイ買収、外資規制の対象 経済安保も論点に」
米国の独占禁止法による審査も
もう一つのハードルが米国の規制当局だ。
セブン&アイHDは米国コンビニ市場でトップシェア、アリマンタシォンはシェア2位となっており、両社が合併すれば米国内でのシェアは圧倒的となる。
そのため、独占禁止法によって中止に追いやられる可能性がある。
1位+2位の合併とはいえ、合わせても11%くらいのシェアのため、買収が成立するとの意見もあります。
買収中止でも、株価対策はやはり必要
規制によって買収が中止になっても、今回の件で日本企業の割安さが浮き彫りになった。
今後も、アクティビストなどがセブン&アイHDの株を狙ってくるだろう。
そのため、今回の買収が無くなっても株価対策は必須だ。
自社株買いや成長投資、増配などが実施される期待が以前より高まったことは間違いない。
現在のセブン&アイHDの株価は国際的には明らかに割安であり、今後、国際水準に照らした妥当株価まで上昇することを期待している。
国際的な小売り銘柄のPER水準は20倍であり、セブン&アイHDは1~2割ほど割安であると考えています。
まとめ
買収提案を受けたセブン&アイHDが買いである3つの理由を解説した。
本記事では買収株価2,300円を前提とし、買収成立なら差額を利益として獲得できると予想した。
セブン&アイHD側が買収を拒否したとしても、株価2,300円を上回るような対策を打たなければ、株主利益を棄損されたと見なされる。
仮に、規制当局に中止させられたとしても、今回の件で株価が割安であることが露呈したため、やはり株価対策が求められるだろう。
どう転んだとしても利益を取れる可能性が高いと考えている。